■□□  芸術の都  ――― 才能と天才、嫉妬と冷たさ


  ――― そして私は彼に嫉妬するだろう………。

 絵を描くことは好きだった。
 子供の頃は、外で走り回るのを途中で抜け出して絵を描いたりしていた。
 それはとても楽しく、でもただ無心に過ぎて行った。
 そんな日々を私に気づかせないように明るく頭に焼き付いたようだった。
 しかし。
 幼い子供時代は、風よりも早く過ぎ去り、いつしか周りは走って遊ぶことをやめていた。
 子供たちは少年少女となり、互いを意識しだすように成長していった。
 街に憧れ、田舎を嫌い。
 誰よりも綺麗にと、少女たちは日々姿を変えていった。
 美しく変わり行く少女たちに感化されるように、少年たちも逞しく成長を遂げていく…。

 彼らは輝いていた。
 自ら光を放ち、輝けるのは今だけだと知っているかのように、何よりも強く激しく。

 私はそれに興味がなかった。
 いや、まったくないわけではなかったが、周りからすれば、それは「全くない」というのと同じに見えたらしい。
 立派なトウヘンボクだったのだ。

 
 その手、その目、その作品…。
 敵わない、と思ったことはない。
 ただ漠然と認めたくない、悔しい、とだけ心の中が騒いだ。
 自然に流れ行く手さばき。
 ただあるがままに動かすだけなのに、誰が描くよりも美しく静謐に見える。
 おかしい…。
 こんなに悔しいだなんて…。
 初めて彼の作品を見た瞬間、私は思った。
 いつか、私は彼に、嫉妬する、だろう……と。
 認めたくない、は負けを認めたようなもの。
 悔しい、は自分を貶めるだけの醜い裏言葉。
 知っている。私は自分の中の醜い部分を否定したいわけじゃないから。
 私は…ここにこんな思いをする為に来たわけじゃない…。
 上手くいかない自分の手をじっと見る。
 乾燥して黒ずんだ、汚い手。
 手も嫌いだが、その向こう……目線の先にいつも居るあの人間も大嫌いだ。
 彼は。
 ぎゅっと握ると、皺がよって、醜さを増した自分の手。
 彼は。
 静かに寄せる眉。
 薄い唇が、微かに吐息して、ゆるく閉じる。
 悩みなど顔の上だけのようだ。
 だって、どんなに悩んでいる顔をしていても、彼の素晴らしい手は迷いなく進んでいく。
 いつも、いつも。彼の描いた絵に迷いは見出せない…。
 世の中は不公平だ。
 都に来てそれを思い知った。
 才能とは残酷なものだ。
 彼を見て、実感した。
 必死に書き続ける私を嘲笑うがごとく、『描くこと』を嫌がっている彼の絵は、私なんかが手も届かない場所へと到達していく。どんな賞をとっても、誰から褒められても。彼が明るい表情をすることはなく、いつも、躊躇いがちな微笑の後の、嫌悪感を押し殺した苦々しい顔に、私は腸が煮えくり返るような羨望を抱く。
 どうして彼なのだろう。
 彼に才能はいらない。
 彼はそれを邪魔に思っている。きっと。
 なのに、事実として才能ある画家は彼で、描いても描いても追いつけない『私』というちっぽけな存在が、彼の側に小さく存在している。学ぶための学校で、彼はもう何もすることがないかのように、ただ静かに在り続けた。
 周りの学生たちの羨望の眼差しを、不本意ながらも受けて、毎日を作画に費やす。近寄り難い雰囲気。笑わない憂鬱だけの表情。時折、顔をしかめて無理に笑ってみせる顔が大嫌いだった。
 私はいつか、彼の才能を超えてやろうと、栄光を奪ってやろうと、彼のすべてが憎らしくて堪らない。
 恐らく私は、彼のすべてが許せない。
 そして私は――――…彼に、どうしようもなく嫉妬しているのだろう……。